御茶ノ水あれこれ


1月さいごの日、ひさしぶりに御茶ノ水に行ってきた。御茶ノ水は、かつてよく来ていた場所のひとつだが、まだそんなに時がたったわけではないのに、わたしがこの街に出入りしていた時分とは、駅の構造からして、まったくちがったものになっていてた。

改札を出てからも戸惑いはつづく。御茶ノ水橋口右手の東京医科歯科大学は東京工業大学と合併をして東京科学大学と名を変え、それにあわせてか大学病院もきれいな建物に変わっていて、ここは本当に御茶ノ水なのだろうかという思いすら頭をかすめる。

山の上ホテルも閉業していた。この山の上ホテルは文学者がカンヅメになる場所として有名で、かつて文学散歩の仕事をしていたときにはこの場所を訪れて、壇一雄や吉行淳之介などの名を挙げながら、いらした方々を前にして、彼らの随筆をひきながら話をしたものだった。

なお、山の上ホテルは、隣接する明治大学が購入したとのことで、かたちを変えつつも今後営業を再開するそうだ。イギリスに自然保護や伝統的な建築物を維持するための税金優遇制度であるナショナルトラストというものがあるが、日本においてもそのような仕組みが出来るといいと思うのだが、どうだろう。

仕事で出入りしていた三省堂書店神保町本店の建物も、全体が壊されて、完全に別のものになっていた。かつてのビルにおいて、読書会の講師をしたりブックフェアの選書をしたりしていたことが、懐かしく思い出される。以前と同じ場所に建築された現代的な大きなビルを夜の闇のなかで見上げたが、足しげく通っていたその場所がかつてあったところとは思えなかった。この新しいビルで、三省堂書店神保町本店は、2026年3月19日から営業を再開するそうだ。

ただ、変わらないものもあった。駅前から神保町方面につづく、道の両側に立ち並ぶ無数の楽器屋さんと、高くそびえる明治大学のリバティタワーである。明治大学もまたかつてはよく訪れていて、わたしは出身校でもないのに、何度も図書館も利用させてもらっていた、恩義ある場所だ。エレベーターで地下深く降りていくというめずらし構造の図書館で、書庫にまで入ったこともある。年末年始の冬休みの期間の早朝におとずれて、誰も居ないなか、貸し切り状態で本を読んだこともあった。あれは、ほんとうにぜいたくな経験だった。

かつて親しく出入りしていた場所には、なまじ思い出があるせいか、ふたたび出入りすることを躊躇してしまうところがある。すがたを変えた御茶ノ水、また何かしらの縁をもって、この街を根城にしたいものである。

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