空き瓶通信0017 これから

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今日は2020年3月30日月曜日。志村けんの死亡が伝えられ、ひとびとはほんとうに、この疫病のおそろしさがわかったのではないだろうか。そんな空気が、ネット上から伝わってくる。

先週は、東京での新規感染者の数がどんどんふえていき、封鎖という言葉が小池百合子の口から出たこともあって、スーパーはどこも満員だったようだ。もっとも、食料や生活用品それ自体はあちこちの倉庫にあるようなのだが、店頭に並ぶやいなや、みんなで一気に買い占めてしまうことから、どこへいっても品切れという状態らしい。また運よく品物があったとしても、どこもレジに30分も一時間も待つような有様のようで、これでは買えないと同義である。

わたしが恐れていたことは、まさにこれだった。品物自体はあってもそれが手に入らないことを、わたしは危惧していたのである。それゆえ、前回も書いたように、わたしはもともと用意してあったそれだけでも結構な量の非常食にくわえて、武漢が封鎖された一月の下旬から、少しづつ保存のきく食料や生活必需品を用意しておいたのである。

武漢のようすや、それにつづくイタリアでのことを見ていたら、これはひどいことになりそうだという想像はつく。それに、現在はネットでいくらでもデータを集められるので、各地域において感染者が爆発的にふえていった過程が、はっきりとわかる。残念ながら、ここ東京においても状況は悪いほうへとすすみそうである。

現在の東京の感染者の数は、一月の下旬に武漢が封鎖された直前の数字になってきている。武漢が封鎖されたとき、彼の地の感染者の人数は571人だった。昨日3月29日の時点での東京の感染者数は、430人である。したがって、東京においても先日成立した特措法による緊急事態宣言がなされ、ひとびとの行動が強制的に制限さえるという事態が、かなり現実のものとなっているという印象を受ける。

また、これはわたしの見立てに過ぎないが、もし東京を封鎖するのであれば、あさっての四月一日以降になるのではないかと思う。その理由は、目下年度末であり、企業は決算期であるからだ。役人というものは、年度というものを重視する。折がいいのか悪いのか、現在は新年度への移行の時期なので、封鎖を宣言するのなら新年度に入ってからではないかと思うのである。

なお、わたしは28日の金曜日から、自宅での籠城をはじめた。各地域から流れてくる報告を見て、これはまずいと思ったのである。

大切なのは、大げさでなく、これからやってくるであろう感染爆発の状態のなかを生き延びることにある。じっと自宅にいて、仕事をしつつ本を読み、文章を書いて、絵を見たり描いたりして過ごしていきたいと思う。そして、この疫病が去ったあとに、思い切り人生を楽しみたいと思っている。
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