身内と胎内 『失われた庭』の僕 120): たまたま1930年代に生を享け この歴史の折返し期にはからず も成年に達した少女F.G が、そ のような大局的な立場から歴史 の趨勢をすこしでも把握できて いたろうか。とんでもない。自 分のたまたま生れおちた風土が その意味で
身内と胎内 『失われた庭』の僕 121): さっさと人工的便法をとりあげ た神をも畏れぬ中絶先進国とし て国際的に注目を浴びつつある という事実だって、当時の少女 の耳にはもちろんなにひとつ届 かなかった。さしあたって少女 の目にうつるものといえば、み にくい..
身内と胎内 『失われた庭』の僕 122): 混乱から立ち直れないでいる 貧しい敗戦国の現実があるばか りだった。戦前の安定を失った G の家の荒廃もかなりひどかっ たけれど、それもどうにか一段 落したいま、あらたに知りあっ た相手の身の上には、想像以上 に大きく..
身内と胎内 『失われた庭』の僕 123): 戦争の後遺症がのこっていたの だ。戦災に焼け出され、しかも 稼ぎ手である父を失い、自身は さらに肺患を病むといった重ね 重ねのマイナスの接点に、少年 はいた。そのような劣悪な条件 のなかで、というより、そのよ うな..
身内と胎内 『失われた庭』の僕 124): 劣悪な背景のなかでこそ、少年 はよけい美しく光り輝いてみえ た。その光りにひとたび魅せら れた以上、F.Gの側に彼の求め を拒むいわれが少しでもあった ろうか。彼が好み、彼が求める すべてのことに少女F.Gはひた すら諾々と
身内と胎内 『失われた庭』の僕 125): して従うことしか考えられなか ったのだ。従うことがすなわち F.Gのよろこびではなかった か。ただ問題は子供のことであ った。いくら便法が手近かにあ るからといって、身籠るそばか ら水に流してゆくという、この やりかたの..
身内と胎内 『失われた庭』の僕 126): ままで、はたしていいのだろう か。こんなにあっさり問題を片 付けて?このいいということが いったいどのような規準(カノ ン)に照らしてのことなのか、 F.Gにはわからなかった。倫理 的な善悪なのか、それとも健康 いや衛生上の
身内と胎内 『失われた庭』の僕 127): 良し悪しなのか。こうして自然 の摂理にそむくことが、つもり つもって心身両面に好ましから ざる影響を及ぼすとでも?F.G は回答をまとめてそっとあたり を見回す。しかし、身近かの大 人たちのうち、だれひとりとし て自分と..
身内と胎内 128): 同じような境遇に立たされた 同性は見当たらなかった。少な くともF.Gの母親と同じ世代 の人々は身籠ったものをその まま素直に産み果たすかもし くは幸か不幸か子種に恵まれず に母親になり了せなかったか、 どちらかのひとばかりらしかっ た。